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最高裁判所第二小法廷 昭和27年(あ)5976号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人荒井文六の上告趣意前段について。

所論は、被告人の所為(第一審判決摘示事実第一の事実)はすべて労働争議における争議行為であって、労働組合法一条二項の適用を受くべき正当な行為であるから、本件における集金した電気料金を会社に納入せずに組合乃至組合長名義で保管すること(いわゆる納金スト)は、正当な争議行為として何等違法性なきものである。従って右納金ストを目して労働組合法一条二項に規定する正当な行為の限界を逸脱するものであると判示した原判決は憲法二八条に違反すると主張する。

しかし、原判示のごとく、被告人は前争議行為における職場放棄中の賃金一人あたり金二十六円余、八十五名分二千余円を給料中から控除することに反対するため使用者所有の金銭利用を阻止しようとし、その意に反し九百余万円を抑留して、これを引渡さないのみならず、被告人名義の預金としたのであって、右主張貫徹手段として採用した金銭抑留については使用者に与える不利益の程度、すなわち抑留限度等に関し当初から何ら顧慮した形跡なく全く無制限であって、しかも抑留金額、抑留日数の相当部分は使用者の要求屈服後において漫然継続したような事実関係にあり、他に特別の事情の認め得ない限り使用者の負うべき危険及びその失うことあるべき利益と労働者の主張貫徹により得べき利益との間には社会通念上権衡を失すること甚だしいものありというべく、かくのごときは法の期待する労使対等交渉担保のため使用者の犠牲において労働者を保護すべき範囲内とはとうてい認め難いから、右行為は全体として労働組合法一条二項に規定する正当な行為の限界を逸脱するものというべく、同条項による保護を受け得ないこと当然である。従って集金にかかる電気料金を原判示のごとく抑留保管した被告人の所為が労働組合法一条二項にいう正当な行為であることを前提とする所論違憲の主張はその前提を欠き刑訴四〇五条の適法な上告理由に当らないのみならず、右のごとき被告人の所為が労働組合法一条二項にいう正当な行為に当らないとする原審の判断が何等憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判決(昭和二三年(れ)第一〇四九号、同二五年一一月一五日大法廷判決、集四巻一一号二二五七頁、昭和二五年(れ)第九八号、同二六年七月一八日大法廷判決、集五巻八号一四九一頁)の趣旨に徴し明らかである。

同上告趣意後段について。

所論は、原判決が被告人の所為(第一審判決摘示事実第二及び第三の事実)に暴力行為等処罰に関する法律一条一項を適用処断していることが憲法二八条に違反するというのであるが、暴力行為等処罰に関する法律一条一項が憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所大法廷の判例とするところであり(昭和二四年(れ)第八九八号、昭和二九年四月七日大法廷判決、集八巻四号四一五頁)、原判決が援用する第一審判決摘示の第二、第三の犯罪事実はその挙示する証拠によって肯認できるのであって、原判示のごとく、「判示労働組合熊野分会執行委員会において執行委員長である被告人は富本次長をみどり荘へ行かせないで、直接配電局に拉致することを強硬に主張し、反対者を排し、決議を成立させ、ついで、原判示第二、第三のような所為にいでたものであり、判示スクラムの如きはけっして自然発生的なものというを得ず、統制のもとに行われたきわめて強固なものであって、富本次長が数重の円陣脱出のため懸命の努力を払ったが、とうていその効果がなかった」ことが第一審判決挙示の証拠に徴し明らかである。従って、被告人の所為が団体交渉のための正当な行為であると認めることができないことは、当裁判所大法廷判決(昭和二二年(れ)第三一九号、同二四年五月一八日大法廷判決、集三巻六号七七二頁、昭和二三年(れ)第一〇四九号、同二五年一一月一五日大法廷判決、集四巻一一号二二五七頁)の趣旨に徴し明らかであって、原判決が被告人の判示所為に対し暴力行為等処罰に関する法律一条一項を適用処断していることは正当である。所論は理由がない。

職権をもって按ずるに、そもそも、横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき、権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思をいうのであり、必らずしも、占有者が自己の利益の取得を意図することを必要とするものでないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和二三年(れ)第一四一二号、同二四年三月八日第三小法廷判決、集三巻三号二七六頁、昭和二三年(れ)第九三〇号、同二四年六月二九日大法廷判決、集三巻七号一一三五頁。)。従って、他人の金員を保管する者が、所有者の意思を排除して、これをほしいままに自己の名義をもって他に預金するが如き行為は、また、所有者でなければできないような処分をするに帰するのであって、場合により、横領罪を構成することがあるものといわなければならない。

しかしながら、右の如き保管者の処分であっても、それが専ら所有者自身のためになされたものと認められるときは、不法領得の意思を欠くものとして、横領罪を構成しないことも、また、当裁判所の判例とするところである(昭和二六年(あ)第五〇五二号、同二八年一二月二五日当小法廷判決、集七巻一三号二七二一頁)。本件につき原判決の判示するところを検討するに、原判決は控訴趣意第一点に対する判断の前段において判示するごとき事実関係、就中、判示のごとく集金した電気料金はその都度遅滞なく判示会社指定の銀行の右会社の普通預金口座か郵便局の右会社振替口座に振込み納入しなければならなかったこと、しかるに電気料金の集金は通常どおり行うもこれを会社に納金することを停止し、これを使用させぬようにすること等の闘争方針に従い、被告人等執行委員は判示各営業所の集金係員等に指令して、会社の指定した銀行以外の銀行等において、被告人口座に預入させたこと、右納金停止等の指令が秘密裡に集金係員等に伝達され、会社側には事前事後に何らの連絡もなかったこと、事前に会社側に通告して行われたものではなかったこと等の事実を認定して被告人に対し横領罪を以て問擬している。

しかし労働争議の手段として集金した電気料金につき一時自己の下に保管し、しかもその保管の方法が会社のため安全且つ確実なものであり、そして亳も自らこれを利用又は処分する意思はなく、争議解決まで、専ら会社のため一時保管の意味で、単に形式上自己名義の預金となしたに過ぎないと認められる場合においては、これを以て直ちに横領罪の成立を認むべきものではないことは、前記当小法廷の判例の趣旨に徴し肯認せられるところである(なお昭和二九年(あ)三〇〇五号、同三三年九月一九日当小法廷判決参照)。しかるに、原判決が本件預金が右の趣旨に出でたものであるか否かを審究することなく、その判示するような「事実関係における被告人名義の右預金所為は前記にいわゆる不法領得の意思実現と解されても致し方ない筋合であり」と速断し、被告人には不法領得の意思がないから横領罪は成立しない旨の控訴趣意をその理由がないとしたのは、法律の解釈を誤った違法があるか、又は理由不備の違法があるから、破棄を免れない。よって、刑訴四一一条、四一三条に従い原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差し戻すべきものとする。

よって主文のとおり判決する。

この判決は裁判官藤田八郎の左記反対意見があるほか、裁判官一致の意見によるものである。

藤田裁判官の少数意見は次のとおりである。

弁護人荒川文六の上告趣意は、すべて理由がないとする多数意見に賛成する。

多数意見はさらにすすんで、職権審理の結果、原判決は、本件預金が専ら会社のため一時保留の意味でなされたかどうかの点について、審究することなく、被告人に不法領得の意思ありと速断したのは違法であるとして原判決を破棄すべきものとするのであるが、自分は、原判決をよく検討すれば、原判決はこの点についても審理をつくした上、原判示のごとき諸般の事実関係を確定し、(殊に、本件の金銭抑留については、使用者に与える不利益の程度すなわち抑留限度等に関し、当初から何ら顧慮した形跡なく、全く無制限であって、しかも抑留金額抑留日数の相当部分は争議における使用者の要求屈服後において漫然継続した事実等)これらの事実関係にもとづいて、本件預金は「使用者の意に反して、もっぱら労働者のために抑留した」ものと判定したこと、すなわち、多数意見のいう「もっぱら会社のためにしたもの」でない趣旨をあきらかにしたものであることは原判文上、まことに明瞭であって、その間に多数意見の指摘するごとき違法をみとめることはできない。従って、自分は本件上告はこれを棄却すべきものと思料する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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